契約書の作成には特約がつきものです。特約とは契約自由の原則により当事者間では有効となる約束事です。但し、民法上の公共の福祉、信義誠実の原則(信義則の原則)、権利の濫用、公序良俗等の基本的なルールは守る必要があり、これを外れると裁判になった時に、その特約は無効と判断されることになります。また、特別法の、例えば消費者契約法、借地借家法等により消費者あるいは借地借家人等の立場を保護するための各条項を守る必要があります。
契約書のひな型や各種標準契約約款のまま、何が特約であるかはあまり考えずに使用しているかもしれませんが、特約の意味を理解しておくことは必要です。主な特約にどのようなものがあるのか、以下にご説明します。
民法第1条 | ・私権は公共の福祉に適合しなければならない。 ・権利の行使及び義務の履行は信義に従い誠実に行わなければならない。 ・権利の濫用は、これを許さない。 |
民法第90条(公序良俗) | ・公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。 |
消費者契約法 | 個人と事業者(個人事業者を含む)との契約について、消費者に生じた損害を賠償する責任の全部・一部の免除や消費者の解除権を放棄させる条項、消費者の利益を一方的に害する条項は無効と定められています。 |
借地借家法 | 規定に反する特約で、借地権者(又は転借地権者)や建物の賃借人(又は転借人)に不利なものは無効とする、という強行規定が定められています。 |
宅地建物取引業法 | 瑕疵担保責任についての特約の制限で、規定するものより買主に不利となる特約をしてはならない、と定められています。 |
住宅の品質確保の促進等に関する法律 | 規定に反する特約で注文者に不利なものは無効とされています。 |
民法や判例にある主な特約
無催告解除の特約(売買契約、消費貸借契約等)
民法では、当事者の一方が債務を履行しないときは、相当の期間を定めて履行の催告をし、それでも履行がない場合に契約を解除できる、と定められています。しかし、不合理とは認められない事情(大幅な延滞等)や当事者間の信頼関係が破壊された(契約条項の不履行)等の場合について、催告なしで解除する旨の特約は有効とされています。
→令和2年4月からの民法改正では、無催告解除の要件が明文化されます。
危険負担の特約(売買契約等)
民法では、当事者双方の責めに帰することができない事由で履行が不能(建物が滅失して引き渡せない)となった場合は、債権者(購入者)が危険を負担するのが原則です。これについては、「引渡しまでに目的物が滅失した場合には、買主は契約の解除ができる」等の債務者が危険を負担する特約を設定することがあります。
→令和2年4月からの民法改正では、債務者の危険負担が原則となります
担保責任を負わない旨の特約(売買契約)
売買契約において、売買の目的物件に権利又は物の瑕疵があった場合に、売主に担保責任があります。売主が担保責任を負わない旨の特約は、民法上は有効ですが、売主が知りながら告げなかった事実があれば責任を免れません。また消費者契約法、宅地建物取引業法、住宅の品質確保の促進等に関する法律では、瑕疵担保責任を負わない特約は無効と定められています。
買戻し特約(売買契約)
民法では、買戻し期間は10年までとし、期間を定めなかったときは5年以内に買い戻す必要があると定められています。
債権譲渡禁止特約
債権の譲渡性は民法で定められています。当事者で禁止とする旨の特約は有効ですが、善意の第三者(禁止とは知らないで譲渡を受けた)に対抗することはできません。
→令和2年4月からの民法改正では、資金調達の拡充の観点から、譲渡制限特約が付されていても、債権譲渡の効力は妨げられなくなります。(除く預貯金債権)
利息の特約(消費貸借契約)
貸主は特約がなければ、借主に対して利息を請求できません。また、利息を生ずべき債権について別段の定めがなければ法定利率(年5%)によるとされています。
→令和2年4月からの民法改正では、法定利率年は3%、3年ごと見直しとなります。
賃料の支払時期の特約(賃貸借契約)
民法では、特約のない限り毎月末にその月の賃料を賃貸人に持参して支払うもの(後払い)とされていますが、特約により毎月末までにその翌月分を振込等により支払う(前払い)場合が多くあります。
一定の範囲で修繕を賃借人の義務とする特約(賃貸借契約)
賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務があります。この修繕義務を賃借人の義務とする特約は有効ですが、信義則・公序良俗違反・借地借家法等により一定の制約を受けることになります。
敷引特約(賃貸借契約)
返還すべき敷金から、ふすま・畳の張替え費用等(通常損耗)を差し引く(賃借人が原状回復義務を負う)旨の特約は、費用負担の範囲を具体的に定め、賃借人が明確に認識し、それを合意内容としたものと認められる特段の事情がない限り、消費者契約法第10条により無効となる可能性があります。
→令和2年4月からの民法改正では、通常損耗・経年劣化については賃貸人の負担となります。
更新料条項(賃貸借契約)
更新料の額が賃料の額、賃貸借契約が更新される期間、等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り、消費者契約法にいう消費者の利益を一方的に害するものには当たらないとされています。
無断修理、改造、加工、模様替え等を禁止する旨の特約(賃貸借契約)
有効とされています。
賃貸借物件の使用目的、使用方法を制限する特約(賃貸借契約)
有効とされています。
一定期間地代等(建物の借賃)を増減しない旨の特約(借地・建物賃貸借契約)
借地借家法で、経済事情の変動や近傍相場との不相応から地代等増減請求権、借賃増減請求権は認められていますが、一定期間増減しない旨の特約は有効とされています。
造作買取請求権を排除する旨の特約(建物賃貸借契約)
建物の賃貸人の同意を得て建物に付加した造作(畳・建具・エアコン等)がある場合は賃貸借が終了するときに造作買取請求権が認められています。しかし、賃貸人が同意しないために造作ができず不便が生じることになり、これを避けるために特約が認められています。
報酬の支払時期の特約(請負契約)
民法では、報酬の支払時期は目的物の引渡しと同時、あるいは、物の引渡しを要しないときは請負を終わった後でなければ報酬を請求することはできない、とあります。工事の進捗に伴い、契約時、期間中、引渡し時等分割して支払う契約が多くみられます。
担保責任を負わない旨の特約(請負契約)
仕事の目的物に瑕疵があるときには請負人に担保責任があります。請負人が担保責任を負わない旨の特約は、民法上は有効ですが、請負人が知りながら告げなかった事実については、その責任を免れることができません。また、「住宅の品質確保の促進等に関する法律」には請負人の10年間の瑕疵担保責任の特例があり、この規定に反する特約で注文者に不利なものは無効となります。
報酬の特約(委任契約)
民法では、受任者は特約がなければ委任者に対して報酬を請求することができない、また、報酬の支払時期は委任事務を履行した後に、期間によって報酬を定めたときは、その期間を経過した後に請求できる、とあります。委任事務の進捗に応じた分割支払いの特約が多くみられます。
まとめ
一般法、特別法の中に定められた強行法規・強行規定については当事者の意思にかかわりなく適用されますが、それ以外の任意規定については当事者で決めることができます。優越的立場を利用して、自分に有利な特約を設定するのではなく、法令の趣旨を理解し、相手が納得感を得られる特約かどうかを良く検討する必要があります。
行政書士がお客様から契約書の作成を受任したときには、契約内容と共に、どのような理由でこの特約を付けるのか、あるいは、この特約は付けない方が良いのか、と言ったアドバイスをさせて頂くことになります。